「ハウルの動く城」って・・・
先日職場の女の子からDVDを借りました。で、視聴したのですが、昨年劇場で観たときより正直楽しめました。やっぱり音楽は合わないと思いますけれど、あんなに面白い映画だったとは!昨年の今頃ブログにいろいろ印象を書いたのですが、今回はさらに理解が深まったという気がします。
やはり宮崎作品には先の太平洋戦争へのアンチテーゼもしくはオマージュ?といったものが染み付いています。ハウルもソフィーもかつての日本人の精神を持つキャラクターですし、ソフィーの街は戦時下の日本なのでしょう。
たまたま先日まで国策映画を分析していましたけれど、カット割などそのままのシーンがいくつかありました。いやはや、これには正直驚きました。つまり、宮崎作品にはあの時代を体験した日本人の記憶がトレースされているということでしょう。西洋風にしつらえていても、実は愛国作品、というか失われた日本という国へのノスタルジーというか…そういう作品といえそうです。
たとえば「もののけ姫」にしてもサンはまさにかつての日本人の象徴で、タタラの人々は戦後の日本人、アシタカは両者をつなぐ存在でしょう。クライマックスでシシ神の首をささげ持つ二人の行為は、かつてわが身を盾に日本を守ろうと行動した人々のそれと同等のものでしょう。
「風の谷のナウシカ」もそうです。自然と共に生きる風の谷の人々はかつての日本人で、王蟲に立ちはだかるナウシカの精神は特攻・玉砕に臨んだ兵士達、もしくは“国民精神総動員”と滅私し国に尽くした人々が敗戦を予期しながら追い詰められた姿の象徴のように思われます。
勝ち目がなかろうが無意味であろうがどうしても守りたいものがあるなら、立ち向かうしかない…そういう精神・哲学、個人の信念が表出しているのではないかと。(これはハウルの“守りたいものができた…君だ”…のセリフでも描かれましたね)
こうした行為に一片の共感も持てないというなら、こうした信念を頭ごなしに否定することしかできないというならば、道徳観が確立できなくなってしまう。もっともこの感覚は万国共通だと私は思います。これらのシーンを見た外国人がかつての日本軍の特攻などを連想はしないでしょう。「ナウシカ」に関しては公開時一部の人たちから“特攻精神”と批判がありましたが、これこそ現代日本人ならではの過剰な反応と私には思われます。
宮崎作品は同じテーマをくり返し描いているということです。そしてルーツは監督の戦争体験、あの時代を体験したことにあるのだと私には思われました。
登場人物たちは紛れもなくかつての日本人の精神を持っています。戦いを描き、そうした日本人のスピリットを描く宮崎作品が明確な反戦映画としてのメッセージを持つというのがなかなか興味深いですね。そして、海外でも支持されるということは、こうした精神・日本古来のスピリットは危険なものではないのだ、ということでしょう。な~んて、戦後の教育についても少々考えてしまいますね。
ともあれ、「ナウシカ」や「もののけ姫」では戦いの終りと再建、といったラストなのに対し、「ハウル」では明確に戦いの終わりを描かず…地を歩いていたハウルの城が空を飛ぶ…幸せそうなハウルとソフィーが地上ではなく、空を飛び去ってゆく…というラストに宮崎監督の“老い?”というか達観のようなものを感じてしまいました。
やっぱり私にとっては、この作品はせつない映画です。
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コメント
おはようございます、TBありがとうございました!
あたしも、1回見ただけでは、ダメだろうと思っていました。
こういうご意見を読んで、また見てみたいと思っています。
投稿: 猫姫少佐現品限り | 2005年12月 4日 (日) 07時54分
コメント&TBありがとうございます。
「ハウル」は感情移入しないほうが楽しめるのかもしれません。
劇場でみるより自宅でDVD鑑賞がよかったのはそのあたりにあるのかも。以前はもう一回観たいなんて思いませんでしたけれど、DVDでは何度か観たい作品に感じられました。
投稿: chakorin | 2005年12月 4日 (日) 11時08分
こんばんは!
TBとコメントありがとうございました(^^)
監督気合いの作品も、私には伝わってきませんでした。
ちょっとごちゃごちゃし過ぎたかな?と。
ストレートに訴えるような監督の作品が好きです。
投稿: 稲葉 | 2006年1月12日 (木) 23時49分
こんばんは!
TBとコメントありがとうございました(^^)
監督気合いの作品も、私には伝わってきませんでした。
ちょっとごちゃごちゃし過ぎたかな?と。
ストレートに訴えるような監督の作品が好きです。
投稿: 稲葉 | 2006年1月12日 (木) 23時49分